~変わり続ける時代における能力の再装備~
「学び直し」という言葉への違和感
近年、「リスキリング」という言葉を耳にする機会が増えました。
政府も企業もこぞって「学び直し」の重要性を説き、社会人が再び学ぶことを推奨しています。
ITやAIの進化によって仕事の内容が大きく変わりつつある以上、学び続ける姿勢が必要であることに異論はないでしょう。
しかし筆者は、この「学び直し」という表現に、どこか腑に落ちないものを感じていました。
リスキリング(reskilling)という言葉には「re」という接頭辞がつくため、「再び学ぶ」「学び直す」と訳されたのでしょう。
現実に起きている変化を見渡すと、それは単なる復習や再教育とは少し違うように思えるのです。
職業は残り、職務が変わる
かつては、「新しいスキルを学ぶ」と言えば、転職や配置転換を前提とした【再訓練】を意味することが多かったと思います。
工場のラインが自動化されれば別の職務へ、事務作業が減れば別の部署へ。
そうした「職種転換」に備えるための教育が、従来のリスキリングのイメージでした。
しかし現在はどうでしょうか。
例えば、営業という職種は今も存在します。
経理も、人事も、製造も、消えたわけではありません。
でも、その中身は大きく変わってきています。
営業はデータを読み、仮説を立て、顧客の課題を構造的に捉えることが求められるようになりました。
経理は単なる記帳ではなく、経営の意思決定に資する分析力を求められるようになりました。
製造現場でも、IoTやデータ活用の理解が欠かせなくなってきています。
つまり、職業が消えるというよりも、同じ職務でも、その中身が変質しているのだと思います。
あるいは、同じ肩書きのままでも、求められる能力の構造が変わっているのだと思います。
この変化の前では、「昔学んだことをもう一度学ぶ」だけでは十分とは言えません。
能力の再構築という発想
リスキリングとは、過去を取り戻すための学びではなく、未来に合わせて自分を更新していく営みです。
それは復習ではなく、能力の再構築と言った方が近いでしょう。
営業職であれば、これまで培ってきた対人関係力や現場感覚は依然として重要です。
しかしそれだけでは足りません。
そこにデータ活用や仮説思考といった新しい能力が重なり、役割の質が変わってきたのです。
これは、これまでのスキルを捨てて一から学び直すというより、既存の能力に新たな装備を加え、自分自身を再編成していく作業に近いと言えます。
現代は、職業の寿命よりもスキルの寿命の方が短い時代だと言われます。
ひとつの仕事を長く続けることはあっても、その中で求められる能力は数年単位で更新されています。
だからこそ、同じ仕事に就きながらも、何度も自分の能力を組み替えていく必要があるのです。
学びは、使われてこそ意味を持つ
ここで見落とされがちなのが、リスキリングを個人の努力だけの問題として捉えてしまうこと。
企業は研修を増やし、eラーニングを導入し、社員に新しい知識を学ばせようとします。
しかし、学んだことを実務で活かす機会がなければ、その能力はすぐに錆びついてしまうでしょう。
学びは、使われて初めて力になる。
そして使われるためには、役割の与え方や権限の持たせ方、評価の仕組みといった、組織側の設計が問われることになるのです。
もし仕事の内容が変わらず、従来通りの役割や評価が続くのであれば、どれほど研修を重ねても行動は変わりません。
未来に適応するための営み
リスキリングとは、単なる「学び直し」ではありません。
それは、変わり続ける仕事の中で、自分自身を更新し続けること。
そして、その更新が実際の仕事の中で生かされるよう、組織のあり方もまた変わっていくことを意味するのです。
過去を取り戻すためではなく、未来に適応するために学ぶ。
同じ場所に立ち続けるために、私たちは何度も自分を組み替えなければならない。
その営みこそが、現代におけるリスキリングの本質なのではないでしょうか。





